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ぼくの木馬座始末記 7 夏公演に向けて…

        研究生となった1971年夏の公演は『ピーターパン』と『スケートをはいた馬」にきまった…
 制作部の仕事としてテレビのロケをやりながら、小道具を作る仕事が入ってきた。
  『ピーターパン』はディズニーアニメで何回か見ているが、『スケートをはいた馬』は
まったく知らなかった。
 一番初めに作ったのはビールジョッキだった。
キャプテンフックの海賊船の上で海賊たちが手にするものだという。
発砲スチロールのブロックを与えられ、それから作れという…
ぼくはカッターとのこぎりを使い、ジョッキのイメージを思い浮かべながら切りだしていった。
小学生の時、当時雑貨屋で売っていた亀の子石鹸を彫刻刀で彫って
横向きのブタを作った経験があり、 その時のことを思い出しながら削っていったのだった。
すると割合評判がよく、ほめられた。確かに初めての割には形になっていたと思う。
切り出した原型に紙を張り、色を塗って仕上げに木工ボンドを塗るように指示された。
その通りにしたらボンドで真っ白になり、こんなでいいのかなと思っていると、
「明日になればわかる」といわれた。翌日に見るとジョッキはまるでニスを塗ったように
すきとおり、つやが出ていたのだった。
 pitapankodugu037_convert_20111023103438.jpg
 あいつはスチロールの成型ができると思われたのか、次の仕事はピーターの手下の
迷子たちに攻撃されて空から落ちるウェンディの吹き替えづくりだった。
この夏のプログラムは2作とも主役は人間が素面で演じるのだ。
モデルが生身の人間なのでこれは大変だった。
 ジョッキはなんとかなっても人間の顔はごまかしが効かない。
トレーニングができていないからどうしても平面になっておかしいのだ。
あとでウェンディ役の女の子に「ひどい…」と怒られてしまった。

 『スケートをはいた馬』はケストナーの原作で原題を『五月三十五日』といい、
暦にない不思議な日に不思議なことが起こるという設定の話だった。
その第1幕で通常の日めくりカレンダーが一瞬で35日になるという注文が来た。
これは日めくりの一番上の一枚を布で作りマジックテープで固定。、これにテグスを結んでおき、
きっかけで背景の後ろから引きはがす…という仕掛けとなった。
 gogatu35nichi02036_convert_20111023105410.jpg
こんな仕掛けでも、舞台で1回限りとしてみると面白い効果になるのだった。

  『スケートをはいた馬』の準備ではもう一つわすれられないことがあった。
公演会場となる読売ホールがある有楽町そごうの壁面に看板を描いたのだ。
藤城清治のデザイン画をもとに4メートル×5メートルぐらいの看板をスタジオで自主制作した。
この時、原画を拡大、デッサンするのを担当し、わりと上手に仕上げ、更にネオカラーによる
調色が我ながらうまく再現できた。スタッフが感心し、制作中に藤城さんが2階からのぞいて
満足そうに笑っていたのがうれしかった。
 看板を外注できないほどお金に困っていたのだとずっと後でわかった。
しかし、この時はまさかもっと直接公演に深くかかわることになるとは想像もできなかった。
 公演が近づいてたある日…
突然『スケートをはいた馬』の稽古についていた劇団員のYさんから呼び出された。
 そして思いがけない形で舞台に立つことになるのだが、これは次の話…
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No title

『スケートを履いた馬』の方ではない『五月三十五日』の方は、子供の頃に観に行ったことがありました。赤道を磨いている場面、大人と子供が逆転している授業風景など、懐かしく、今でも覚えています。
いい作品に携わっていらっしゃったのですね。
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プロフィール

楽葉サンタ

Author:楽葉サンタ
元児童劇団員、元図書館員…
リタイアした現在は幼児でも遊べる人形劇を楽しく研究中…
妻一人、子ども三人、孫四人

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