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ぼくの木馬座始末記 13 倒産…雪の女王

昭和46年12月、「1億4千万円の不渡りを出し木馬座倒産…」との新聞記事がでる前後のことだった…

 ある日、劇団のフロアーに全員が集められ、経営的にサポートをしてくれる人
とのことで現代芸術社の長嶋武彦氏が紹介された。
音楽・出版関係の会社を経営しているとのことだが、
表情も体型もいかつくてあまり芸術とは関係なさそうな人だなぁ…と思った。
 
 当時のぼくは正直なところ全然意味するところが飲み込めず、
給料遅配を避けるために助けてくれる人なのかな…程度に受け止めていた。
それよりも目先の公演の準備に頭がいっぱいだったと思う。
そして、とりあえず冬の公演ができることだけはわかった。

 ■『雪の女王』■ 
 アンデルセン童話の一つだが…正直なところ、この話は全く知らなかった。
ストーリーは雪の女王に幼馴染のカイを連れていかれた少女のゲルダが苦労しながら北の果て、
雪の女王の城まで追いかけていき、最後はカイを連れ戻すのだった。
 聞くところによると、昔ぬいぐるみ劇をやる以前木馬座がジュヌパントルを名乗っていた頃の
レパートリーで、芥川也寸志作曲、ダークダックス歌という豪華メンバーのテープが残っていた。
 [この部分の記述は不正確だった…ぼくが見聞したテープの記憶があいまいなまま公演記録と
ごちゃ混ぜにしてしまい、ご覧くださった方にご迷惑をおかけしてしまった。 20120.6.04]

 僕は『ヘンゼルとグレーテル』についていたので、舞台は数回見ただけだが、
子役のゲルダが健気で、とくに主題歌の『バラの歌』が印象的だった。
冬の公演中、スタジオでスタッフのちょっとした集いがあったとき、「バラの歌」を作詞した
劇団代表の北牧子さんがめずらしく上機嫌でピアノを披露していたことを思い出す。
この席には弟と一緒に参加し、兄弟で何か歌を歌ったのだが、何を歌ったかは全く記憶がない。

 この冬に上演した『雪の女王』と『ヘンゼルとグレーテル』はどちらも昭和27年、
木馬座として公演を始めた年のプログラムだった。
藤城清治は劇団が人手に渡ることを覚悟して自分の最後の演目としてこの2作を選んだのかもしれない…
これは深読みだろうか…
 そういえば、『ヘンゼルとグレーテル』に』出てくる魔女の声は藤城さんだった。
多分、藤城さんは楽しんでこの役をやったのだと思う。
後年、ぼくが図書館の子ども会でプログラムにしたとき、上司がノリノリで魔女を演じていた。
普段職場では厳しい上司は本当に楽しそうだった…
ぼく自身も数年後の再演では魔女役をやった。その魔女は藤城さんや上司のそれに
多分に影響を受けていたことはいうまでもない。 

雪の女王雪の女王
作:アンデルセン / 絵:バーナデット・ワッツ / 訳:ささき たづこ / 出版社:西村書店絵本ナビ
  「雪の女王」の絵本は 何種類かでているが、ぼくはこのワッツの絵が好きだ。
雪の女王はこの絵本のように背が高く、色白ですらりとしているイメージだ。
この芝居では雪の女王役は夏に『スケートをはいた馬』でコンラート少年を演じた森あき子だった。
コンラートよりずっと役にはまっていたように思う。

 ■水色の恋■
 ほんの少し時間をもどす…
 1971年(昭和46年)は女性アイドル歌手の当たり年だった。小柳ルミ子、南沙織、そして
ドラマ『時間ですよ』で人気がでた隣のまりちゃんこと、天地真理のデビューは10月だった… 

 地方公演も一段落した11月のある日、ぼくは制作部チーフのTさんと
世田谷区のごみ処理場に向かっていた…
 劇団の地下にある制作部の部屋は、初期の張り子製の面や様々なぬいぐるみ、小道具、
それを作る道具に至るまで雑然としていたが、それらはぼくにとってどれも珍しく、宝の山のようだった。
そうしたものとは別に、長らくごみとしか言えないものが大量に放置されていた。
それらは地下から外へ通じる階段にどんどん野積みされ、
階段が使えない状態になっていた。それを整理したのだった。

 焼却場からの帰り道…外はすでに暗くなっていた。
当時運転ができなかったぼくは助手席で 上司のチーフに
ちょっとした悩みを話していた。そして二人の会話が途切れた時…
カーラジオから特徴的なイントロとともに『水色の恋』が流れてきた 。
天地真理は歌がヘタ…とよく言われたが、そんなことはないと思う。
その時、彼女の歌がぼくの中にスーッと入ってきた。
モトモク(劇団木馬座になってから前の木馬座を こういっていた)
のことを思い出す時、この歌が一緒に思い出されるようになった。
但し、普段は南沙織の歌の方が好きである。

 ■分裂■
さて、冬の公演が終わった頃、藤城清治と長島武彦の確執が決定的となった。
詳細な状況はわからず、ぼくは全く知る立場にもなかった。
藤城清治は自分の思い通りの世界を作り上げるために人気が出ても
TV番組にあえてスポンサーを付けず自主提供を貫いた人だ。
もともとうまくいくわけはなかったのだろう。
 この時期に一度だけ劇団社長の北さんに呼ばれて面談のようなかたちで
しばらく話したことがあった。あれは分裂前の仕分けだったのかもしれない。
もしもあの時、藤城さんのもとに残って勉強する道を選べたら…と後々考えることはあった。

 現実は冬の給料・ボーナス闘争のような形で内部対立し、藤城派と劇団木馬座派に分裂した。
幹部の女性たち、演劇スクールの受付をやっていたおとなしい山羊のようなイメージの男性、
制作のチーフのTさん、票券のIさんなどが藤城さんについた。
劇団木馬座には経理のMさん、制作のIさん、藤城の秘書的な役割をしていたFさん(これは意外だった)、
票券からNさん、車両のMさん、営業からは4人の主力メンバーがついてきた。

 ぼくはどうかといえば、舞台の仕事が面白くてここからは 離れたくない思いがあった。
それで公演を続行することになっている劇団についていった。


 劇団木馬座となって絶対にやらなければいけないことが決まっていた。すでにPRを
始めていた『クマのプーさん』の製作だった…しかし問題山積…ここからは次の話…
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No title

芥川也寸志とダークダックスとは確かに豪華メンバーですね。
藤城清治氏と長嶋武彦氏との美意識の違いは大きそうですね。
以前に楽葉サンタさんの仰っていた、
>>>>>>>>>>
劇団木馬座になって人間の面がすっぽりかぶるものから仮面にシフトしていったのは長嶋社長の美意識でした。
面の下につける襟の部分がいやだというのです。
ぼくたちは面から胴体へのつながり上、必要だと思ったのですが、長嶋さんの目には不自然に映ったようです。
>>>>>>>>>>
と言うのは聞いたことがあります。藤城さんは影絵でそれなりの世界を確立した人ですから絶対に譲るはずもなく、長嶋さんももともと芸大を受けることも考えていたような人で、ご自身で油絵を1000点以上描いていらっしゃるので、対立は非常に自然の成り行きに思われます。

大変興味深い内部の話です。
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プロフィール

楽葉サンタ

Author:楽葉サンタ
元児童劇団員、元図書館員…
リタイアした現在は幼児でも遊べる人形劇を楽しく研究中…
妻一人、子ども三人、孫四人

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