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ぼくの木馬座始末記 14 クマのプーさん 1 引っ越し

さて、劇団は…スタジオからそれほど遠くない千束のマンション本拠を構えた。
  これまでの木馬座のスタジオは部屋数もスタッフも多く、雑然としているとはいえ製作のスペースもあった。
しかし、今回はごく普通のマンションである。
狭さも問題だが、床が畳敷では使い勝手が悪いことこの上ない。

 ■ メンバー紹介 ■
 舞台が新しくなったところで、これから運命を共にする新、劇団木馬座メンバーを改めて
覚えている範囲で点呼をとっておきたい。
 まず営業。噂では大会社の御曹司だというチーフ格のSTさん、温和なサブ格のSKさん…
この二人はありふれた同じ名字なので名前の略称でTさんKさんと呼ばれていた。
続いて大学時代は空手で鳴らしたというHさん、常に名前で呼ばれていたので
とうとう名字を知らないで終わったが小柄でファイトを前面に出すYさん。

 続いてぼくの所属する制作はチーフがぼくより一回りぐらい年上でうらやましいぐらい
毛がフサフサのMさん。木馬座の現場に精通し製作(ものづくり)では中心になるITさん。
1つ年上の彼は名字では呼ばれずもっぱらTと呼ばれていた。劇団では音が同じの
右翼のスーパースターの名前をもじって高尾敏と名乗っていた。
もう一人、車両部のアルバイトから、分裂で面白そうになる…とやってきたMさん。
彼はぼくと同い年で気が合った。途中いろいろあったが、ぼくが本当にお世話になった男で
今は青森に住んでいる。
そして、忘れられないのがNさん。票券からやってきた彼は引き続き票券、経理系の仕事を担当した。
向上心のある男で仕事の傍ら池袋の舞台芸術学院の夜学にかよっていた。
卒業公演を見に行くと、普段物静かな男が弁護士役で絶叫していたのでびっくりした。
まあ、芝居なので当然なのだろうが…
彼はその後、未来子ども劇場に移り、ぼくが仕事を代わってからも浦和で公演があるたびに
入場券を持ってきてくれていた。若くして病気で他界してしまったことが残念だ。
研究生同期ではぼくだけがここまで残っていた。

 ■ポスター・チラシづくり■
さて、2カ月後には待ったなし読売ホールで新作を上演しなくてはならない。
喧嘩別れ同然の元木馬座の人形、小道具が使えるはずもない。
すべてを一から作らなけれならない。
しかし、一番急ぐのは営業のための宣伝材料だった。
幼稚園にチラシやポスターを配布する必要がある。この時は外注の話はなかったと思う。
スタッフでチラシ、ポスターのデザインをできそうに思われていたのはITさんとぼくだった。
それで競作のような形でデザインをすることになった。
正直、ぼくはクマのプーさんなんていう話は知らなかった。原作本を見てもなんだか
ホンワカしてこの話が劇になるような気がしないし、イメージもわかなかった。
クマのプーさん プー横丁にたった家クマのプーさん プー横丁にたった家
作:アラン・アレグザンダー・ミルン / 絵:E.H.シェパード / 訳:石井 桃子 / 出版社:岩波書店絵本ナビ

 今はクマのプーさんといえばディズニー映画のおかげで誰でも知っている。
絵本や人形もたくさん出ている。でも、当時は参考になる本といえばこの本1冊だけ。
上演権はタトル商会経由でちゃんととっているようだったが、よくOKがでたものだと思う。

結局、僕は期限までに作品を仕上げられなかった。中途半端なとはいえ、1年半は
グラフィックデザインの勉強をしていたのに情けなかった。
一方ITさんは仕上げた。作品は藤城清治の表現を色濃く残しているが、
いかにも泥臭く素人っぽい 印象はどうしようもなかった。
でも、宣材を作るにはもうタイムリミットだったのだ。見切りで発注するしかない。
 刷り上がったチラシをみて営業のSTさんがしみじみといった…
「悪いけどこれじゃあ営業できないよ。藤城清治はすごいよな」
そう…みんな藤城さんのすごさ、芸術性は知っている。経済的な一点で袂をわかった
人たちだったのだから…
でも、ぼくにはITさんの作品をあげつらう資格はなかった。
期限があるものはそこに合わせて形にしないとダメなのだという
至極当然な教訓だけが身にしみた。

 ただ、結果的にはぼくはポスターやチラシを自分の手で描かなくて良かったと心底思っている。
原作者や挿絵画家に対してではなく、当時、現在のぼくと同じ年齢ぐらいだった翻訳者の
石井桃子さんにいいかげんな絵を見られることは耐えられないことだ。

 ところで…ポスターでは挫折したが、キャラクターの面づくりが次に切迫していた…それは次の話で…
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No title

私の時にはチラシ、ポスターの絵は、舞台美術の原画を担当されている挿絵画家のものを使っていましたから、そういう点、舞台とチラシに一貫性が保たれていました。若菜珪、駒宮録郎、石倉欣二、森やすじと言う画家たちでした。尤も、仮面の方となると、こういった画家先生の原画に忠実であろうとするよりは、自分が可愛いと思う主人公を作ろうと躍起になって、原画を無視して勝手に作っていました。作る人々ごとに、好み、美意識が別れました。
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プロフィール

楽葉サンタ

Author:楽葉サンタ
元児童劇団員、元図書館員…
リタイアした現在は幼児でも遊べる人形劇を楽しく研究中…
妻一人、子ども三人、孫四人

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