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ぼくの木馬座始末記 26 「おやゆび姫」

昭和48年、夏の公演は春に続いてアンデルセン原作の 『おやゆび姫』 だった。


 ■ 重い…重すぎる ■ 
 オープニングで幕が開くとセンターに巨大な赤いチューリップがあり、中から
おやゆび姫が登場する。印象的で重要なシーンだ。
チューリップの花びらは5,6枚だったが、その一枚一枚が異常に重かった。
FRPの成型で肉厚に仕上がっていた。各花びらをワイヤーでひっぱり
バトン経由で吊りあげておく。これを徐々に緩めて開いていくのだが、
本当に担当者は相当覚悟してひっぱらないと支えられなかった…

 ■ 主題歌 ■
 劇団木馬座の挿入歌はぼくの関わっていた初期に関しては斎藤恒夫が作曲、編曲を
担当していた。『シンデレラ』の時にふれたように、童謡調の曲が多かった。
そして作詞はほぼ黒川乙朗(劇団の社長長嶋武彦のペンネーム)である。
長嶋さんは現代芸術社という映像・音楽・出版社が本業で、斎藤さんはその関係で
一緒に仕事をしている方だと聞いている。
長嶋社長は詩人であり、独特の感覚の持ち主だった。
例えばこの『おやゆび姫』の主題歌は次のようだ…

   ぴいーん ぴいーん きらっ きらっ きらっ
   小鳥さん ちょうちょうさん こんにちは
   花からうまれた おやゆび姫よ
   今日も 明日も みんななかよしね

 なにが<ぴいーん>でなにが<きらっ>なのか…
ぼくには最後まで理解できなかった
素直に歌詞を読めない一因は社長のいかつい風貌にあったのかもしれない。
ただ、長嶋さんのキャリアは本物で、その言動について上司のMKさんは
しきりに感心し、評価していた。
長嶋さんは作詞をしたくて劇団を買収したのかも…と思ったこともあった。

 ■ アムンゼンとジョーゼット ■
 人形についてはおやゆび姫の頭髪を工夫した。おやゆび姫は人間ではないので、
できれば毛糸は使いたくなかった。
素材を求めてあちこち探した末、渋谷のハチ公前交差点そばの
生地屋で見つけた黄色のジョーゼットを使い、できるだけ切らずにギャザーを
寄せるだけで軽い感じの頭髪にしてみた。これに合わせて王子の髪も
使ったことのなかったベージュのアムンゼンという生地でギャザーを寄せてまとめた。
アムンゼンは質感が面白かったのでツバメにも使った。

oyayubihimetoouji_convert_20120309110017.jpg

<フィナーレの舞台写真> おやゆび姫はよぎきぬえ 王子は中村エリト

 ■ 手荷物検査と商売道具 ■
 もしもフリーの立場で芝居作りを見学できるとしたら舞台稽古を客席から見ていたい。
現役の時はあれこれ現場は大変だけれど、それでも舞台稽古の雰囲気は好きだった。

 『おやゆび姫』の大阪公演の舞台稽古がらみで思い出す出来事がある。
ぼくは引き継ぎを兼ね、当日新幹線で東京に戻る予定で舞台稽古に立会った。
するとチョウチョウたちの触角を作りなおすという注文が出てしまった。(よくあることだ)
大阪事務所の方が来て、飛行機を手配するから作ってくれという。
その場でなんとか仕上げて伊丹飛行場へ急ぎ、搭乗手続きをするときだった…
当時は金属探知機などはなく、それでも手作業で手荷物検査をする時代だった。
かばんの中にガチ袋(道具袋)があり、当然のことながらナグリ、大型カッター、
バールなどが入っている。
係の職員は「うーん…奥にしまっておいてください」というだけで通してくれた。

 それから20年以上たって、函館空港から東京に戻る便に乗った時のこと、
すでにテロ対策などで荷物のX線検査をしている時代だった。
ぼくはかばんに入れていた大型カッターを見つけられ、これを羽田で受け取るのに
面倒な手続きをすることになったのだ。 
そして2年ほど前…羽田空港から国内線に搭乗する機会があった。
手荷物検査中、今回はカッターは持っていないので安心していたら
またしても係員に呼ばれた…入っていることを忘れるくらいだった
刃渡り2センチ足らずの携帯用ミニカッター?がいけないという。
書類を書いて預けるか…というのでぼくは即答した。「放棄します」
係員のうれしそうな、ホッとしたような顔が印象的だった。

 しかし…あの文房具のカッターは凶器なのだろうか?

oyayubihimebutai008_convert_20120217112401.jpg 


 ■ 退職へのステップ ④ ■ 
 大学へ行って資格を取り、司書になるという計画を話した時、Mは「4年も…」と難色を示した。
そんなある日の昼食時…後輩のTSさんにぼくの幼稚な司書作戦を話した。
すると彼の郷里の友人が 2年で資格の取れる短大へ入ったという意外な情報を教えてくれた。
さっそく書店で調べてみると本当だった。共学の短大で卒業時に資格が取れるのだ。
「2年なら…」Mも納得してくれた。(この時の二人は司書資格を取得することと就職は
別物だという事実にまったく気づいていないのだが…)
 しばらくして上司のMKさんに計画を打ち明け、受験準備をするために『おやゆび姫』が
終わったら退団したいと伝えた。

こうして25歳の恐ろしく老けた受験生が誕生することになった。


 昭和48年冬の公演『ピノキオ』前後の話を次回に…

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No title

この大きなチューリップの花びら、生田の倉庫にあったような気がします。『おやゆびひめ』は再演しましたが、その時の衣裳を担当し、生地選びで大変な失敗をしました。東宝衣裳の担当者も男性で、まるで知識のない人でした。勉強にはなりましたが、花の精たちの衣裳の多くが作りなおしになりました。
アムンゼン、なんと懐かしい響きでしょう。30年も使わなかった言葉です。アムンゼンと言う生地使いました。
長嶋社長は、一家言を持った人だと思います。時々憎たらしいことを言うので、私は反発していましたが。反発はしかしながら大きな創作エネルギーにもなり、あれでよかったのかもしれないと今では思います。

アヨアン・イゴカーさま

> アムンゼンのストレッチ性とザラザラな質感…今でもなつかしく、
しばらく前にユザワヤで見かけた時はつい触ってしまいました。

 生田倉庫のほかに大道具は相模原に天幸倉庫という貸倉庫をかりていましたね。
ブログに書くきっかけを失くしてしまいましたが、はくちょうの王子かシンデレラの
公演が相模原であった時、委託した運転手が来ず、しびれをきらしたMKさんが自ら
運転して相模原市民会館まで運転したことがありました。ぼくは助手席に座っていて、
ハラハラしていたことを思い出します。

> 長嶋さんとは2階と4階以上の距離感で直接接することはほとんどなく、
MKさん経由で話をきくばかりでした。

No title

歌詞の「ぴいーん、きらっ」は、私には、おやゆび姫が生まれたときの、空気と光の音のように聞こえます。
写真のおやゆび姫の髪はとても自然できれい。こうして、自分で工夫したり考えたりして、結果が見える仕事、たいへんだけどいいなぁって思います。そういうことを長く封じていたら、おらあ三太は途中でグレちゃっただよ。サンタさんは、この2年があったから、その後の日々もグレずにいられたのだろうか。いや、もともとの人格かな。

サンタさん、駅前で広告ティッシュを配っている人が、自分に渡してくれないとよく怒っていましたけど、金属探知機みたいなものには、よくキャッチされるんですね。

さて、まだ19歳なのに4年も待てないというMさん、さすが後に相思鳥と評判をとるお二人だけのことはあります。おらあ三太はミーハーだから、次回が楽しみだぞぃ。

おらあ三太だ さま

> 「ぴいーん、きらっ」がおやゆび姫が生まれたときの、空気と光の音…
二番、三番の展開からもおやゆび姫の出会った対象に対する感性が<ぴいーん>に
表現されているのでしょうか…それにしても見かけで作品を判断される長嶋さんは気の毒でした。

> 見かけといえば、広告ティッシュをもらえないのも、手荷物チェックで引っかかるのも
見かけのせいが大きいとぼくは心底思っています。
>
> 2年は長すぎたと感じる時期もありました。
退職して4年、卒業して4年、生まれて4年…4年の意味合いは個人の生理、心理状態で
全然違ってくるという事実に<時間>の意味を考えさせられます。
 
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プロフィール

楽葉サンタ

Author:楽葉サンタ
元児童劇団員、元図書館員…
リタイアした現在は幼児でも遊べる人形劇を楽しく研究中…
妻一人、子ども三人、孫四人

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