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武州中山道を歩いて 10 辻一里塚跡(№5)から 焼米坂

 蕨宿の街並みが楽しかったので、その先しばらくは
あまり刺激を受けないまま歩いて行った…

 外環道路をくぐる直前の公園に辻一里塚跡があった…
日本橋を起点にして5番目の一里塚…ということは25キロ
歩いたことになるわけだ(まだ?)
中山道と交差している外環道路と石碑の対比…

tujiitirizuka044_convert_20120810104053.jpg 

日本橋を圧迫する首都高速道路は描くことを省略したが
なぜか今回は抵抗なく背景に加えたのだった…

 道がぐっと右にカーブしたその先は六辻の交差点…
ここからはなじんだ道が続く…ケンタッキーフライドチキンの横を通り、
その先の高台(大宮台地)を左に巻くようにして上り坂にさしかかる…
焼米坂だ …
 
2007年10月24日 (水) 05:12時点における版のサムネイル 浮世絵師英泉が描く浦和には焼き米売りの茶屋が登場する

 浦和はもともと坂道の多い町だから住んでいる時は気にもしていなかったが、
こうして歩いてくると焼米坂は確かに急坂だ…
歩道が狭く、しかも浦和に入ると車の交通量が激増している…
現代の歩行者には今までで一番の難所かもしれない…
そういえばここで初めてガードレールが登場したのも納得できる…

yakigomezaka045_convert_20120810104232.jpg
 

 坂上に歩道橋があるのは近くに小学校があり、その通学路と
なっていることも関係するのか…その先からは平坦になる 

 
焼米坂から数百メートル歩くと右手に圧倒的なボリュームで緑が広がってきた…調神社だ…⇒ №11 に続く
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No title

>焼き米売りの茶屋
焼き米なるものがあったのですね。wikipediaで調べましたが、籾殻の付いた米を焼くのですね。味は別にしても、保存食としてはとてもよさそうですね。
馬糞を拾っている姿が見えますが、集めて売ったのでしょうか、面白い場面です。

アヨアン・イゴカー さま

> 焼米坂の近くに10年以上住んでいました…
 当時は地名の由来にもあまり関心なく過ごしていたのですが
歩いてみると別の感慨があるものですね…

 これからしばらくの回は自分にとって これまで目にしていても
目に入っていなかったものの連続です

No title

浦和の坂道の多さは自転車に乗った時に実感します。焼き米坂も自転車をこいでのぼりましたが、私には「心臓破りの坂」でした。でも、坂の登った先が見えないので、その向こうに何があるのか想像の世界であること、それが坂道の魅力です。
焼き米坂は蕨宿と浦和宿の間の「立場」という休憩地点だったとか。
知らないことがいっぱいあったと、今さらながらに思うこのごろです。
何もかも、今さらながらの、おらあ三太の人生でありました。

おらあ三太だ さま

 <坂>といえば…おらあ三太ださんが高校生のころ
友人と坂を見て「坂がある…」と笑いあったという
エピソードを話されたことがあるのを思い出しました

 坂は向きを変えれば上りと下りが逆転しますよね
焼米坂を上っている時…街道としては下っているのに
上っているのだなぁ…とつまらないことを考えました

知らないことが多すぎるのは本当に実感するところです。

 東京オリンピックの時…当時英連邦から独立して間もない
トリニダード・トバゴという国名を始めて知りました…
今回のロンドンオリンピックではもうわからない国ばかりで
諦めの境地です…

 
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プロフィール

楽葉サンタ

Author:楽葉サンタ
元児童劇団員、元図書館員…
リタイアした現在は幼児でも遊べる人形劇を楽しく研究中…
妻一人、子ども三人、孫四人

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